家出少女は西へ漕ぎ出す(前編)

バックボーン

どこまでいっても景色は同じ、

私は何から逃げていたのか。

 

 

 

中学校には始めのひと月しか通っていない。

 

 

 

直接の理由は、小学生の頃から続くいじめだった。男女どちらからも「気持ち悪い」と陰口を囁かれたり、身体測定の日に下着を隠されたり。それが継続して中学まで持ち越されてしまった形だ。

ただ、それを抜きにしたって、私は学校が嫌いだった。

言語化できないモヤモヤをずっと溜め込んでいて、噴出するきっかけをずっと待っていたような気がする。

 

担任の先生や家族たちは私をなんとか登校させようと色々と強引な手段に出たけれど、怒鳴られようと、背中を無理に押して教室へ入れようと、全く逆効果だった。ますます学校という場所が嫌になって仕方がなかった。

 

なるさわ家は地域のコミュニティから孤立していたし、私も学校以外に通う場所を持たなかった。あっという間に私は引きこもりへと転落する。

 

 

「お前暗いよ」

 

「弱いからいじめられるんだ」

 

「嫌でも学校に行かないのはわがまま」

 

「あーあ……あんなにいい子だったばしこはどこに行ったんだろう」

 

 

家族は守ってはくれなかった。

毎日毎日否定的な言葉のシャワーを受け続けた。学校に行かないということは、責務を果たしていないということだ。いじめだろうと何だろうと、理由は関係ない。行かない者は怠け者だ。粛清すべき対象なのだ。

 

定期的に、そして強制的に父親によるまとまりのない説教講演が催されたが、演目は毎回「外で懸命に働く父親とそれを理解せず怠ける娘」。私はその間爪を手に立ててぎゅっと握りしめ、心を閉ざしていた。

 

唯一の逃避先はインターネットだった。

 

当時冨樫義博の描いたとある漫画が好きだった私は、ネットでファン活動をしている人たちの存在を知った。ファンアートや小説など、たくさんのページを貪るように読んでいた。

 

特に気に入ったサイトがあった。そこはお絵かき掲示板や小説投稿のシステムが特徴的で、運営と参加者が一体となってサイトを作れる、夢の場所だった。

私は拙いながらも、そこで夢小説なるものを投稿してみることにしたのだ。翌日サイトの掲示板を見ると、何やら賑わっていた。

 

 

「ばしこさんの小説はすごく感情の描き方が上手くて……泣きました」

 

 

まさか感想をもらえるとは。コメントをくれたのは管理人だった。

本当に驚き、心がフワフワした。自己肯定感が地に落ちていた私には、他に認めてもらえる場所がなかったから。

 

私はネットの世界にのめり込んでいった。

 

インターネットの人たちは、とても優しい。オタク文化は互いを褒め合う傾向にあるから尚更だ。

朝日が登るまで小説か絵を書いては、家族が起き出すタイミングで泥のように眠った。

 

「本当にだらしない。昼夜逆になってしまって」

 

親になんて言われようと構わない。

 

私は小さな頃から、「いい子」を演じることにもう疲れてしまっていた。非行に走る姉とは違い、頭がよく聞き分けのいい妹。そんな役を演じられなくなっていた。思春期特有の思考も混ざって、彼らに尽くそうと思えなくなっていた。家族関係は絶望的だった。

 

インターネットは大好きだ。私を好きでいてくれるもの。

 

サイトの管理人は、高校生と中学生の姉妹が運営していた。妹の方は私と好きなキャラクターが同じで、年が近いこともありすごく気が合った。お絵描きチャットをするうち、メールをやり取りするようになり、Eちゃんとは電話番号を交換する仲になった。

 

学校では絶対に見つからなかった、私を受け入れてくれる初めての友達。

私はみっともないほど、Eちゃんに依存したと思う。

 

送り合う文章はほんのわずかだ。でもその度に心が踊った。

毎日数え切れないくらい、メールのチェックをした。

 

お互いが描いたイラストを送り合った。私がEちゃんのイラストを上手だと思うように、Eちゃんも私のイラストを上手だと言ってくれる。

電話では時間を忘れる位、漫画について話し込んだ。盛り上がってくると我を忘れるくらい楽しくて、私たちはのめり込んだ。

 

「ほんとに話してるとあっという間だね!きっと一晩中語れるよ」

 

でも、そっちの世界が楽しくなるほど、戻ってきた時、絶望的な気持ちになった。

今や学校は、私にとっておそろしい箱でしかなかった。行けなくて行けない場所なのに、怠けて行かないと家族は認識していた。全て努力をしない私の責任と言い、我慢しろと言い、責めてくる家族に耐えられなくなっていた。

 

家族は、一生懸命背伸びをする私が好きだったのだろう。背伸びができなくなった瞬間、私に価値は無くなってしまったんだと思う。

愛する価値が。

 

 

逃げよう。

 

 

一人で生きていこうと決めた。

 

 

Eちゃんは大阪に住んでいる、らしい。

中学1年生の私は、未だに電車の乗り方を知らなかった。

インターネットで地図を調べて、大量に印刷した。

 

Eちゃんは、お母さんをなんとか説得して、大阪に着いたら匿ってくれると言ってくれた。

 

「辛いのは分かるけど、中学までは出といた方がいいと思うよ」

 

Eちゃんのお姉さんは、自分の家出経験を話して説得してくれた。親身になってくれて嬉しかったけれど、その時の私にはどうしても家を出ることが必要だったのだと思う。

持っている中で一番大きなリュックに、ありったけの荷物を詰め込んで、早朝、私は自転車に乗り、家を飛び出した。

 

初夏の爽やかな日。朝日を久し振りに浴びた。

 

なんて清々しい気持ち。

 

自転車はぐんぐん進んでいく。

 

じきに知っている景色を越えて。

 

ああ……世界が広がってゆく。

 

胸は罪悪感や開放感や、色々な気持ちでないまぜ。

行き交う高校生達が「あれ家出じゃない!?」と私を指差して笑ってきた。

 

かまうものか。

 

 

私は誰よりも自由だ。

 

 

印刷した地図は40枚くらいあった。

それを辿ってEちゃんに会いに行くんだ。

 

 

 

 

 

 

私を受け入れてくれる世界に。

 

 

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