忙しい人向け「なるさわばしこの現在地点」まとめ
「なるさわばしこ」のざっくり来歴
複雑なご家庭に産まれる
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学校に馴染めず不登校
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色々あって家族離散。少し働く
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どうにか大学へ進学
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どうにか小学校に講師の職を得る
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うまくいかなかったりうまくいったり
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教職に勤める傍らTwitterでの発信を開始
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Twitter教職界隈でちょっと有名になる
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表現の世界で生活できるか試したくて退職
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現在に至る
詳しくはこちらにあります。

「なるさわばしこ」を作った日と理由
よろしくお願いします。
— なるさわばしこ@なんでもオモチロ屋🎉 (@narusawateacher) January 20, 2018
2018年1月20日に、Twitter上で「なるさわばしこ」は産まれました。
アカウント開設の当初の目的は、学校での働き方や実践を公開するため。
名前の由来は、なんとなくの語感です。
今にして思えば、ひらがな7文字の「なるさわばしこ」は親しみがあって、他の人と重ならない個性的な名前でした。気に入っています。
「なるさわばしこ」は何者か
なるさわばしこが何者かという問いには、明確な答えがありません。というのも、ひとつの言葉では言い表せないような生き方をしているからです。
私は、いくつもの領域に少しずつ足を踏み入れています。中には一見とても離れていて結びつかない(ように周りの人は感じるらしい)領域のものもあります。私は全て繋がっていると思っているのですが。
教育者としての「なるさわばしこ」
なるさわばしこが小学校の先生として勤務したのは僅か2年でした。
勉強を教えるためというよりも、子どもと関わる手段のひとつとして教育現場を選びました。
元々不登校児童だったのに教職を選んだのは、児童期の過去に対して強い執着があったからです。自分が学校に馴染めず、苦しかった頃と同年代くらいの子どもと接することで、自分の中の何かを昇華したかったからなのかも知れません。
一般的に、教職の方の中で「教育」は人生の大きな比重を担うようですが、私の中では専門性のひとつに過ぎません。だから正規の立場には執着がありません。
そういう思いを綴った記事もあります。

しかし「子どもと関わること」自体は、私の中で大きな比重を担っています。
子どもは人生の様々な洞察を与えてくれますし、私が素直に信じることのできる尊い存在であります。
なるさわばしこは子どもに対して、信仰にも近いような感情を抱いているのです。
神聖な存在であるからこそ、私は「怒る」……という行為に違和感を持っていました。必要性は理解していましたが、どうしても抵抗があったのです。
そうした気持ちからこのような実践も産まれました。
【かいとうキャット】
— なるさわばしこ@なんでもオモチロ屋🎉 (@narusawateacher) March 8, 2018
「先生、掃除の時にいつも机の上に物があって、運びづらいんです……」という声にお応えして開発しました。
犯行後には「やられた〜!」と歓声があがります。口で言って聞かせるより効果てきめん(笑) pic.twitter.com/ioqG2V1aok
なるさわばしこのメインコンテンツ、「かいとうキャット」です。
私は既に教育現場を離れました。自分を見つめ直して、新しい生き方を模索するために。
いつか子どもに相応しい自分になれた時、また現場に戻るかも知れませんが、それは公教育であるとは限りません。そしてどちらにしても、はるか先の話になるでしょう。
元不適応児童生徒としての「なるさわばしこ」
なるさわばしこは、義務教育の半分ほどを不登校で過ごしました。
小学校は週に1、2回休み、中学校にはほとんど通っていません。外に出られず、ほとんど引きこもっていました。
入学当初から、落ち着いて席に座ることが難しい子どもでした。
怒られるのが嫌でじっとしていましたが、教壇に立つ先生の話はほとんど理解していませんでした。
学校は「45分間席に座り、黒板に書いてある内容をノートに写す作業を5回繰り返す場所」だと理解していました。「この退屈な時間があと何年も続くのか……」といつも暗澹たる気持ちでいました。
高学年くらいまでは背の順、番号順、○○順の意味が分からず、いつも周りの子に教えてもらってようやく列に並んでいた記憶があります。
勉強も分からず、人間関係も作れず、当然のようにクラスにも馴染めないので、どんどん学校に対する足は遠のいてしまったのです。
周囲が無理に登校させようとするのに耐えられず、家出もしました。その時の経験を基に書いた記事がこちらです。

大人になった今ではある程度知識も社会性も身に付き、自己と他者の関係性や自分の発達特性が少しは理解できるようになりました。当時は言語化できなかったけれど、周りから理解されず辛かったです。
もし私の状況をきちんと伝えられたら、または伝えてくれる人や媒体があったなら、適切な支援を受けられたかもしれません。(後から振り返って考えても、私は明らかに特別な支援が必要な子どもでした。)支援が受けられたなら、私の進路や今の姿は大きく変わっていた可能性があるのです。後悔しても仕方のないことですが、色々と思うところはあります。
しかし私のこうした経験が、未来の世代の人たちの助けにはなるかもしれません。
こういったことは当事者でないと分からない部分が大きいので、当時の経験を振り返って共有することは、教育や子育てに関わる方の役に立つと考えています。
クリエイター としての「なるさわばしこ」
子どもの頃から表現をすることに大きな関心を寄せていました。
中学生になって引きこもってからは、現実よりもインターネットの世界に身を置いて活動していました。当時好きだった漫画の同人活動に熱心になっていたのです。ファンサイトに二次創作小説を投稿しては感想をチェックし、ニマニマしていました。
高校生になるとフリーゲーム(インターネット上で、有志が趣味で作って公開している無料のゲーム)に傾倒するようになりました。ゲームはシナリオ・グラフィック・音楽、その他多くの要素が詰まった総合芸術なのだと感じました。この頃から、二次創作の域を出て「私も表現者になりたい」と思うようになります。なるさわばしこは筆を取りました。美術部に入り、その後大学時代まで絵を描くことになります。
7年続けた美術部でしたが、ある日絵を楽しめなくなっている自分に気づき辞めてしまいます。
美術部の歴が長いと部長を任されます。部長を任されると、絵を描くよりもマネージメントに割く時間が多くなります。そして定期的に展覧会のある都合上、部長が描く絵にも、大きさや枚数や納期がのしかかって来ます。
絵は大好きな筈でした。お金に余裕があれば美大に行きたかったくらいです。筆を乗せるたびに新しい発見があって、心躍ったキャンパスが、ある日を境に無味乾燥なつまらない布に見えるようになってしまいました。
なるさわばしこは筆を置くことにしました。
社会人になった今、興味があるのは、文章表現の世界です。
こうしてブログを書くことは楽しいです。「自分の考えをまとめて人に伝える」という行為そのものが好きなのでしょう。どちらかというと役に立つ記事よりも、思想的な記事を書く方が性に合っている感じがします。本質的には小説も同じ行為ですね。豊かなひらめきの中で生み出した文章は瑞々しくなり、周りの人が私に対して共感したり尊敬したりしてくれます。
世の中はばしこにとって結構生き辛い場所ですが、このようにして味方を増やしていければ、少しは息がしやすくなるのかなという展望が見えます。また表現することそのものも、私に生の実感と幸せを与えてくれます。没頭して創作し、表現をひらめく感覚は、何よりも私が大切にしているものです。
ですから私は、いつか表現で身を立てる存在になりたいと思っています。
篤志家としての「なるさわばしこ」
篤志家(とくしか)とは慈善事業や奉仕活動などを熱心に行う人のことです。
なるさわばしこはあまりいい境遇で育って来なかったので、同じような境遇の子どもの助けになりたいと考え、行動しています。
成人して働くようになってからは、自分のお給料から毎月(少ない額ですが)国連UNHCRに寄付しています。国連UNHCRとは、世界の難民の方を支援する団体です。

また、教員を退職してからは、近隣の施設で食事を作るボランティア活動をしています。(教育NPOが運営する不登校や貧困家庭向けの子どもの施設です。)毎週、平日の昼に手料理を作りに行っています(※今は時期柄休止中)。子ども達との関わりや、手料理をお腹いっぱい食べてもらえることは幸せです。ボランティアをしている私の方が、貰っているものが多い気がします。
「自分の努力ではどうしようもない、見えない壁」をもつ子ども達に、なるさわばしこは深く共感します。私もかつて貧困や格差で苦しんでいました。そこから抜け出す方法を伝えること、「弱者の救済」が人生のテーマの1つでもあります。
虐待サバイバーとしての「なるさわばしこ」
なるさわばしこには既に肉親がいません。
深い事情があり、家族は離散してしまいました。大学時代から1人で生きてきました。
ずっと生き辛さを抱えて暮らしていたのですが、大人になるまではその理由がよく分かっていませんでした。自分の能力が低いせいで周りに馴染めず勉強ができないものと考えていました。
ある日、大学で児童虐待について習った時に、初めて自分の境遇を理解しました。
教授が教えてくれた虐待の種類は、全て私の家族に当てはまっていたのです。
辛い記憶だったのか、当時の詳細を思い出すことはできません。今でもまれに家族から連絡が来ますが、決まって体調を崩してしまいます。
なるさわばしこは家族を「人生の一時期を暮らしていた、馬の合わない他人」と認識しています。できれば一生、もう関わり合いにならずに過ごしたい。普通の家族観ではないと分かってはいますが、そう思わないときっと壊れてしまうのでしょう。
暴力の中で、あまりに多くのものを喪ってしまいました。まともに取り合うには辛すぎる現実だったのです。
そういった訳で、私には人を信頼する力が致命的に欠けています。「無償の愛」といったものが世の中にはあるらしいですが、私には絵本のお伽噺くらい遠い世界の価値観に思えます。私の家庭では、役に立つ子どもだけが愛される資格を持っていました。たとえ親切であっても、理由なく優しくされると決まりが悪く思います。等価交換の方が私にとっては馴染むのです。
加えて発達の課題を積み残し、周囲の人と力を合わせて社会的な経験をして来なかったために、「歪な自己愛性」や「幼児性」が大人になっても残りました。
(全てを赤裸々にインターネット上に書くのも、ありのままの自分を愛されたいが故なのでしょう。普通の感覚なら隠すべきことですが、私は言わずにおれません。)
周囲が私に対して「変わっている」「不思議な存在」という印象を抱くのは、育ってきた環境と培った価値観の違いからかもしれません。なるさわばしこには深い影の部分があるのです。
過去は未だに私を傷つけにやって来て、10年以上経った今も戦っています。私の言葉がある種の精彩を帯びるのは、生きるために思考してきた軌跡が滲むからでしょう。
「なるさわばしこ」に対する周囲の方の声
そんな私ですが、あたたかく応援してくださる方が周りにいます。
友人のねこみん@nekomin_rika 氏はなるさわばしこをこう評しています。
最初は「自信家で目立ちたがり」という印象。
— ねこみん@理科ネタ放送局📡 (@nekomin_rika) December 30, 2018
学生&若手の運営会議では理解を越えた発言に当惑するも、論争を繰り返す内に"発想の天才"であることを認めざるを得なくなる。
同時に"基本を重んじる"思考様式を持つ(彼女にとって異質な)私を、仲間と認める度量に信頼感が一気に深まる。言の葉の魔女。 https://t.co/T9d9iuE0IW
こうした声をまとめたものがこちらです。
今取り組んでいることと、目指す姿
発信活動
なるさわばしこが主に活動している場所はTwitterです。投稿の手軽さとシンプルさ、それからSNS自体のユニークさに惹かれて愛用しています。
次にブログに力を入れています。Twitterと違い、ブログには長い文章をまとめて投稿できるため、まとまった思考を表現するツールとして活用しています。
発信活動に力を入れる理由は、「理解者を見つけるため」と「表現で身を立てるため」です。
世界の中には少ないけれど、私の思想や境遇に共感を示してくれる人がいます。そうした理解者を増やすことで、少しは生き易くなるのかなと考えています。
また私の特性上、会社勤めは厳しいでしょう。文章を書くことや思考をまとめることは1人でもできることで、私にとって有意義な営みです。できればこれを仕事にしたいのです。
このように自分自身のためというのが動機としては大きいですが、私の発信が広まることで、社会にも良い影響を与えられるのではと思っています。
私の境遇と似ている人は、自分の生き方の参考に私を加えるでしょう。
幸福な環境で育った人でも、貧困や格差に問題意識をもつ人が出るかもしれません。周囲に対して想像力をもつきっかけを作れるかもしれない。
発信は自分自身を曝け出すことで、勇気の要ることです。なるさわばしこがどうにか世界で、生きていこうとする姿を発信することで、見る人に何か灯火のようなものを与えることができたら……と願っています。
作家活動・表現活動
クリエイティブな領域にはいつも足をつけていたいと考えています。今までの人生でもそうでした。前に述べたことの繰り返しですが、表現することそのものが、私にとっては大切なのです。
今は特に執筆活動を頑張っていて、別名義で小説の新人賞に応募しています。(なるさわばしこの名義を使わないのは、自由に表現をするため。教育業界に元々いた人間に対するやっかみを知っているからです。)
いつか新人賞を受賞して、自分の小説を出版するのが夢です。論説文に近いブログよりも、小説の方が思想やメッセージを伝えやすいのではと考えています。加えて、クリエイティブな活動に携わる人間の方が、周囲の「変人許容度」は上がるはず。創作に励むのは、自分の天才性を信じるための方法なのです。
また、中学生の頃からゲームを作りたいという展望がありました。ゲームはあらゆる表現を使った総合芸術です。まだプログラミングの知識がないため制作はできませんが、いつかちゃんと勉強して、自分自身の世界を自由に描ける人間になりたいと思っています。全ての創作活動は私の中で繋がっているので、小説を書くことも役に立つはず。そのためにも今は、小説を頑張っています。
「 学びたい人のためのシェアハウス」
2019年1月から東京都の某所で友人を集め、シェアハウスに暮らしています。
男女混合の10人暮らしです。構成は学校教員、塾講師、経営者、デザイナー等様々です。大家さんも含め、皆気のいい人達です。
なるさわばしこは人間関係作りに難がある癖に寂しがりという面倒な性質を持っているので、この暮らしに大分寂しさを癒され、救われています。
優しい人たちの中であれば、それなりに楽しくは暮らせるということが1年住んで分かってきました。皆見えている景色が違うので、日々洞察を得られるのも面白いです。
居心地がいいので、もうしばらくは住んでいるつもりです。
シェアハウス内部の様子を知りたい方はこちらのYouTubeチャンネルをご覧ください。
同じく入居者の矢口さんが運営されています。
ボランティア
前に述べたとおり、現在、近隣の施設で食事を作るボランティア活動をしています。(教育NPOが運営する不登校や貧困家庭向けの子どもの施設です。)この活動は引き続き取り組んでいきます。平日の時間が融通できる今の環境は、こうしたボランティアにも励むことができるので気に入っています。
さらに興味があるのは、フードバンクやソーシャルワークなどの事業です。実際に困難を抱えるご家庭に訪問して、色々と相談に乗り、助けになる存在になりたいと思っています。そのためにも今は新しい世界で身を立てることが必要です。
ダイエット
2020年の2月から、産まれて初めてのダイエットに取り組んでいます。
Twitterでその様子を時々報告しています(体重や体脂肪率を公開するのは恥ずかしいことと思われていますが、私はあまりこういう情報を隠さない人間です)
2020年5月現在(約3ヶ月後)の変化はこの通りです。
身長157cm
体重57.5kg→53kg
体脂肪率29.3%→25.6%
周囲の応援もあり、なかなか順調に進んでいます。
今年度中に体脂肪率22%くらいの美容体型を目指しています。自分に自信が持てるようになったら、いつか写真集を撮りたいのです。
現在仕事は何をしているのか
良く言えば「寅次郎」、悪く言えば「フリーター」
収入は複数のアルバイトから得ています。サービス業やUber eatsの配達員などです。中には特殊な仕事もあり、元教員の身分では詳細を明かすことができません。知人の紹介で小さい案件を担当させてもらう事もあります。いつもお金が足りずに困ってはいますが、細々と生活を成り立たせています。
今の生活は自由な時間がたくさんとれ、たっぷりと思考する余裕があります。社会的な身分は不安定ですが、自分の夢を叶えるために頑張っています。
発信活動は甘くない。未だそれ程稼げていない
よくフォロワーさんに言われるのが、「Twitterで有名になったんだから生活するのは余裕でしょ」といった牧歌的な意見です。
褒めてもらえるのは嬉しいですが、発信の世界はそんなに甘くはありません。
生活するのに必要なのは月20万円くらいでしょうか。ブログの広告収入だけでその額を稼ごうと思ったら、月40万PV(ブログのページ全体のアクセス数)くらいは必要になります。全盛期の私の記事が9000PVだったことを考えると、まだまだそこには及びません。
そもそもお金稼ぎにフォーカスするなら、もっと効率的な運営の仕方があります。アフィリエイトサイトや教材屋さんと違い、私の場合、売りたいコンテンツはなるさわばしこ自身。さらにアカウントの方針としてなるさわばしこの場合は「理解者を見つける」目的の方が大切なので、一見非効率な方法を取ることも多いのです。(現にこのブログもそうですが、文章を読みやすいように広告の表示は少なめにしています)
終わりに「毎年過去の自分が驚く私でいたい」
学校の先生になったばかりの頃の私が1年後の私を見たら、きっと「Twitterで有名になったの!?」と驚くでしょう。
Twitterで有名になった頃の私が1年後の私を見たらきっと「仕事辞めたの!?!?」と驚くでしょう。
仕事を辞めたばかりの私が1年後の私を見たらきっと「そんな楽しそうなことやってんの!?」と驚くでしょう。
このようにして、毎年過去の自分を驚かせる存在でいたいと考えています。
この繰り返しが、誰かを照らすことにもなると思います。
変えられない過去に傷つき、もがきながらも、自らの天才性を生きる理由と信じ、進み続けるのが私です。
みっともなくても、振り切れなくても、誠実に向き合っていくのが私なんです。
これが私の、現在地点。